2013年2月11日月曜日
日本から自動車産業が無くなった未来への対策
→下記のことは現実的にありえると思います。
大気汚染問題も広がってますから、その原因になるガソリン車を縮小(主に税率アップ等で割高になる)する代わりに電気自動車を宅配スクーター的なサイズで作りそうです。原理的輸送コスト的に一人乗り自動車はコスパ高いですね。
しかも電気自動車としてモジュール化していけば、パソコンや液晶テレビみたいに「新興国でパーツ製造&組立して船便で輸入」「日本ではBTO自動車の組立のみ」になって価格破壊は凄くなりそうです。
※液晶テレビだって40型が2004年は40万円前後→09年は15万1100円→12年6万5500円と急激に下落しています。
そうなると日本国内から製造工場(及び部品工場や素材工場)が激減し、それにともなって工場の海外移転で雇用や地域消費は縮小する流れになりそうです。
開発部門等は日本に残るでしょうが、そこで生まれる雇用・消費は極小です。
ちなみに一人乗り電気自動車であれば、メンテも家電感覚になるので板金工場的な所や自動車ディーラーはamazonや家電量販店(電気製品だから)と競合していくかもしれません。
そう考えていくと、地域商売も今後どのように展開するかを考えてやっていく必要はありそうです。
家電産業だけでなく自動車産業まで国内消失すれば、炭鉱の閉鎖された街みたいな現象は起こるので。
http://d.hatena.ne.jp/Chikirin/20130211
>車は二つの要因で大きく変わる。ひとつは、ガソリン車が電気自動車になるという流れ。もうひとつは、4-5人乗りが一人乗りになるという流れ。
日本においては、高齢化がどんどん進む。電動車いすを使う人も増える。上の画像の一人乗り電気自動車って、実はそれと似てるでしょ。電動車いすの雨よけに、簡易屋根を付けたらまったく同じじゃん?
しかも家だって一人暮らし世帯が急増してるのに、車だけいつまでも4-5人乗りのままのはずがない。
>新興国だって同じ。中国にしろフィリピンにしろベトナムにしろ、大都市の大気汚染はもう極限的にひどくて、ちきりんは旅行にさえ行きたくないくらいなんだけど、これらの国で、まだまだこれから自動車が本格普及するのだとしたら、それが全部ガソリン車だなんてありえない。
しかも彼ら、ものすごい人口ですからね。今の先進国みたいに、5人乗りの自動車に平均2人も乗ってないみたいな状態で車を走らせるのって、エネルギー的にも超無駄。
いろんな意味で、1人乗り、2人乗りの自動車って極めて合理的。
>しかも車のコストはメチャ安くなる。今みたいな手作り自動車じゃなくて、小さな電気自動車なら、各部品をモジュールで作って組み立てるだけだから、新興自動車会社が雨後の竹の子みたいに現われる。
一台の価格も10万円どころか、数万円になってくる可能性さえある。そうなればインドやフィリピンなどはもちろん、アフリカの最貧国でも個人が自動車を買えるようになる。
そういう時代になるでやんすよ。「車が100万円?? マジですか?? 冗談でしょ??」って、次世代の若い子にびっくり顔で聞かれる時代が、すぐにやってくる。
※地域から基幹産業が無くなると雇用・消費も減りますが、一番やりそうなのは行政が無理して公共投資してハコモノを作りまくったり観光地化すること。維持費を負担出来なくなって泥沼化は必至。
http://bit.ly/155niaa
>昭和35年(1960)当時、市民に「佐世保の基幹産業は何ですか」と聞くと、多くは「石炭と造船」と答えたであろう。それ程、佐世保及び北松の町村では石炭産業が盛んで、地域の経済を支えていた。市内だけで30余りの炭鉱があり、労働者も4,000名近かった。それが13年後には炭鉱も労働者もゼロになってしまった。
この短い期間に一体何が起こったのか。
その原因は石炭から石油への世界的なエネルギー革命と海外からの安い石炭の輸入増にある。
2013年1月24日木曜日
今当たり前だと思ってる消費行動が、今後も続くとは限らない感じがします
→例えば冠婚葬祭だって「補助金が無くなった公共事業」みたいに「ご祝儀&香典という(私的補助金)が縮小したら」施行スタイル自体が変わりそうです。
※婚礼アルバムだと製本する予算が無くなれば「撮影データをSNS上で共有して友達のコメントやタグが一杯で永久保存」が主流で製本(需要が減るので制作費が二倍)する人は極一部になるとか
また電子化やネット通販化&ネット販促化が進んでいけば、関連する業態も変わるでしょうし、小売店が海外から輸入する商品だらけになるみたいに「専門技能や業務代行は海外からネット経由で輸入する」のが当然になったら、国内で関連業務をしてる人は仕事が無くなります(百均で品質が十分な人は百均で買い物を済ますみたいに)。
今の10代が消費の中心になる頃には「車が必要な用事はカーシェア or 宅配で済む」とか「ファッションや雑貨は無関心になり、その代わりにスマホグッズやSNS上の電子アイテムを消費して自己表現欲求を満たす」なんてことも想定されます。
※そもそも所得が減少していくので、アナログよりも割安なデジタルで済ますから
現在の日本の生活レベルは経済に支えられてるので、それが縮小すれば新興国の生活パターン(富裕圏or貧民窟)に近づいていくとか(世界の生活圏がフラット化)
これからの十年って1年が今までの三倍以上の進化スピードになるでしょうから、消費や業態がどのように変化していくのかが気になりますね。
http://bit.ly/140CQLM
>俺「音楽はスマホで聴くの?」
小「うん、スマホならどこでも聴けるもん!」
俺「まぁそうだけど…ユーチューブじゃ音悪くない?」
小「んん?でもすぐ聴けるし、私はこれでいいかなー」
俺「え、だからそれじゃ音悪いし、歌詞カードとかもないじゃん!」
小「私は音楽が聴きたいの。音が悪くても良くても私には関係ないし、音楽だけ聴ければいいの。」
なん…だと…。
>小学校五年生の女の子一人の意見だけど、音楽に対する意識というものがここまで違っているとは全く思ってなかった。この子にとっては音楽とは、蛇口をひねれば出てくる水道の水のような感覚なのだ。それが本来は貴重な資源であるということは普段一切考えない。そんな感じがした。
CDを買わない理由には、おこづかいとか物理的なモノもあるだろう。
親御さん、スマホは持たせるのにCDは買ってくれないっていうのもアレだが……。
もうなんかわけわからんくて絶望した。
江戸時代の人間がちょんまげをしていない現代人を見て「なぜまげをしていない?」と質問しているような感覚。
音楽にお金を払って聞くという価値観が存立していない状況であった。虚しさに震えた。
こうした子供達が将来大きくなって、今の音楽コンテンツに夢を求めて投資をしてくれる日はくるのだろうか。この感覚の違いは数年経てばいくらかは埋まるモノなのだろうか。
2012年10月23日火曜日
同床異夢は参加者の苦痛を生むけど、同じ志向性で結束すれば相乗効果が生まれる
以前と比べてネットを通じて「同じ志向性を共有出来るグループ」が運営しやすくなった気がします。
リアルのみだと自分の周辺地域や人間関係の範囲でのグループ形成が行われるのですが、それだと多種多様な志向性の持ち主が参加してるため大雑把な範囲でしか共有出来ないのですが、ネットだと時間や距離に関係なく「より先鋭化したグループ」の参加者を集めることが可能になります。
例えばリアル社会だと「ラーメン好き」は集めやすいですが「塩ラーメン好き」を100人集めるのって大変です(対面で意思疎通出来る周辺人口が少ないほど)。
その反対にネット社会だと「塩ラーメン好き」はネット全体(ソーシャル利用者だけでも3000万人以上)から集めればいいですし、意思疎通もPCやスマホを介して濃密に行えます。
またより細分化した派生グループ(特定ブランド塩でのラーメンに特化)の構築運営も容易ですから、グループ内での共有化を高めることも可能になります。
もし「雑多な志向性の人が集まるグループ」と「同じ志向性で結束したグループ」があった場合、後者の方が「グループ内での意思疎通をする労力が少ない分」効率化や成果が出やすいかもしれません。
2012年10月18日木曜日
日本での海外文化&消費が増えていくのと同じように、世界各地でも日本文化&消費が増える可能性は広がる
→今の世の中を考えると、昔と比べて海外文化的商品・サービスが身近に普及して、その分日本文化的商品・サービスの需要が減ってるように思います(代替え消費されている)。
例えば結婚式だって、昔は神前式や仏前式が主流(古い形式の人前式もアリ)だったのが、今では教会式や洋風人前式の方が主流派な感じ。婚礼料理や引出物でも日本古来なものよりも洋風がどんどん増えてます(日本由来なものを選ぶ人は、より専門化)。
お菓子でも和菓子や羊羹等が多かったのが、洋風ケーキやアジア系スイーツなんてのがコンビニでも並んでいます。サービス分野でもタイ式マッサージや英国式なんてのもありますし、イベント的にはハロウィンやクリスマスというのも一般化してます。
海外文化商品が普及する背景には海外の情報がメディアを通じて国内に浸透してるということもありますが、知ることで「より自分に合う商品・サービスを原産地関係なく求める」「同じ地域に住んでいても、衣食住の好みが全て違ってくる」傾向が高まってるのかもしれません。
ある意味 消費のグローバル化が進んでるのですが、これに逆らって「販売・消費の鎖国化」を推進していくと、「情報は知ってるのに消費出来ない状態」「海外で増えている消費需要を見過ごす」ことになりそうです。
消費のグローバル化(情報が普及して嗜好も多様化し、それに応じて国内文化よりも海外文化を優先しだす)を拒否・批判するのでなく、肯定して逆に海外に打って出る方が「日本文化的商品・サービス」も売れるように思います。
あと「海外文化的商品・サービス」も、今以上の細分化が進んでいくので、よりニッチなものを輸入販売していくと、大手が輸入販売してる商品・サービスに飽きた客層に対してのカテゴリーキラー(大手の総合よりも、付加価値と収益性が高い)になれそうです。
★この先の消費傾向を考えていくと「日本人だから日本のものを消費する」というよりは「日本文化(又は海外文化)が好きだから消費する(日本人or外国人)」というグローバル客層が世界的に増えていく感じですね。
http://bit.ly/QuYezG
>「グローバル化」というものの特徴のひとつは、やはり文化の均質化である。
例えば、どこに行ってもスターバックスのコーヒーが飲めるという状況だ。
海外では「Starbuckzation/スタバ化」という言葉まで生まれている。
>かつて、長野県でスターバックスの誘致の署名運動があった。5000名の署名をもとに2003年に長野市に同県の1号店がオープンし、その初日の売上が世界記録だったというニュースがあった。
>スターバックスがあることが文化的生活のシンボルであると考え、地域が文化的に遅れているからスターバックスを誘致しなければならないので署名活動という住民アクションが起きた。
2012年10月10日水曜日
市場がグローバル化していくほど、個人商売は深く狭くなった方が売れる
→地方を見ていてもコンビニや大手チェーンの小売店・飲食店が乱立してますが、これって「全国・世界的に客層のフラット化(嗜好の差が無くなる)」が起こっているんだと思います。
大手チェーンって「世界標準な内容(低価格・利便性)でスケールメリット訴求&知名度アップ」してますから、類似したものを売ってる個人店舗はどんどん厳しくなってる感じ。
※フラット化する理由はネットを通じて世界中の情報が流通して認知格差が減っているから
その大手チェーンにしても、以前は日本限定のチェーンがメインでしたが、今では海外チェーンが日本に進出してきて、より世界規模での展開が進んでいます(マクドナルドやイケアみたいに世界規模での仕入&販促)。
※コンビニや牛丼チェーンのように日本から海外へ進出してる事例もあります
割りとよくあるのが「地元資本の数店舗あるチェーンが都会チェーンのパチもん内容で運営してたら、都会チェーンが侵攻してきて一気に商圏を奪取し、地元チェーンは規模の経済で勝てないので閉店」という流れ。全国・世界チェーンが来るまでは地元チェーンでも商売になりますが、正面衝突してしまうと代替えされやすくなります。
このままいけば地方商圏って国内外の大手チェーン(ネット通販も含む)が大半になり、個人店舗ほど厳しいんじゃないかと思います。
ただネットによって情報伝達が広がってる分、地元商圏に依存せず、より広い商圏を対象にして商売していくことも可能になったので、地元ではニッチ過ぎて客層が少ない尖った商品・サービスをネット経由で売れる可能性も広がってます。
例えば地元商圏で「うどんメニューの多いお店」をしてれば「餡かけうどんorカレーうどん専門」としてネット通販等をするとか。
※もし全国チェーンの丸亀製麺等が出店するとフルラインナップでは勝てないので
★国内外の大手チェーンに代替えされない商品・サービスをネット経由で国内外に売っていく方が地元在住でも生き残る確率が高そうです(地元密着路線は老舗一番店以外はキツいから)
http://bit.ly/QQBKfX
>グローバル化の流れが進むこの時代において「フォーカス」が必要な理由を著者はある比喩を用いてわかりやすく説明している。
例えば、あなたが人口50人の町に住んでいるとしよう。そこにはどんな小売店があるだろうか。もちろん、何でも売っている「雑貨店」だ。
では、人口800万人のニューヨーク市ではどんな小売店があるだろう?もちろん、専門店だ。
専門化は、マーケットが大きくなればなるほど進んでいく。逆に小さくなればなるほど総合化が進む。だから世界がグローバル経済へ向かえば、企業はどんどん専門化せざるを得ない。
世界へうって出るには、FOCUSしなければならないのだ。
国内で「総合○○」で売ってきた企業ほど、海外進出時には何を売りにするのかFOCUSしなければならいないということだ。
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